- 2009年7月27日 00:34
ジプシーの村での生活。
水道もガスもない。
井戸で水をくみ、薪をくべて火をおこす。
1枚1枚手洗いの洗濯。
そんな私の側で見ていた息子が言った。
「空くんがおしっこ漏らすから、ママがお洗濯しているの?」
言葉で教育するよりも、背中で教育。
子供との村での生活は写真を撮るどころではない。
日々の生活を営むだけで時間が過ぎて行く。
しかし、「生きる」ということがリアルに感じられた。
東京での暮らしは、水道を捻ればいつでも水が沢山でて、
洗濯は洗濯機、掃除は掃除機、ポットに炊飯器、レンジ、、、。
すべて機械に任せて、私たちは時間を「有効活用」する。
本当にそれが有効な時間なのか?
「生きる」ということが本来「生活する」ということであった時代から、
たった50年足らずで今の生活は、私たちの未来にとって本当に良いのだろうか?
今の社会では「生きる」ことのリアリティが無くなってきている。
そして、「生きることの意味」を探して苦しみが生まれるのではないだろうか。